ロンドン観光①世界遺産 ロンドン塔 /イギリス旅行

イギリス(UK)

2024年2月 初めてのロンドン女一人旅。ロンドンエクスプローラーパスを利用して、ロンドン塔、セントポール大聖堂、ウェストミンスター寺院を観光しました。

アクセス:ロンドン塔

15番のヘリテージルートを利用して、最寄りのTower of Londonのバス停へ。

ちなみに、2回目は、地下鉄のTower Hill 駅を利用しました。(Circle Line,Distlict Line)

ロンドン塔のチケットオフィス、入り口へ大通を歩いて行きます。

バスを降りるとすぐにロンドン等の一角やお堀が見えます。

世界遺産 ロンドン塔〜要塞、宮殿、武器庫、牢獄、動物園?

ユネスコの世界遺産に登録されているロンドン塔

ロンドン塔の正式名称は、「国王(女王)陛下のロンドン塔の宮殿および要塞(His (Her) Majesty’s Royal Palace and Fortress of the Tower of London)」

ホワイトタワーは1066年にウィリアム征服王の命によって、イギリス海岸での戦いに勝利したノルマン人の力を示すために建造された。

要塞、宮殿、武器庫、牢獄、動物園としても利用されてきました。

ロンドン塔は、最古のホワイトタワーにちなんで、Tower of London と名付けられた。
1070年台に征服王ウィリアムは王国の堅固な要塞としてホワイトタワーを建設した。

古代ローマ人が築いた市壁の内側に塔を建て、攻撃から守ろうとした。

この城郭はロンドンとその市民を支配し、新しい王の権力を誇示するものであった。

ロンドン塔は王宮でもあった。王や女王が滞在し客をもてなし、執務する立派なアパートメントがあった。

エリザベス1世をはじめとする王や女王は戴冠式の前にここに滞在した。

王室の行列はここからロンドン旧市内を通りウェストミンスター寺院の戴冠式に向かった。

1100年代以降、この塔は悪名高い監獄になった。

1536年に処刑されたヘンリー8世の2人目の妻、アンブーリンをはじめ、1483〜1941年までの間に22名がここで処刑された。

ここの囚人のうち数百名がタワーヒルで絞首刑、斬首刑となった。処刑には多くの人が集まった。公開処刑は1780年が最後となった。

入場:チケット購入方法

  • 月ー日曜 10:00-17:30. 最終入場15:30.
  • 火ー土曜 09:00-17:30 最終入場15:30
  • 34.8£(チケット購入:ホームページ

チケット売り場。今回、私はロンドン・エクスプローラーパスをすでに購入済みでしたので、そのまま入り口へ。

土曜日の9:10頃に入口に到着しました。この時はあまり混んでいませんでした。

チケットのQRコードを見せて入場。

お堀のところには動物の像が。昔、ここで飼われていたのですよね。

13世紀頃に国王達が珍しい動物を贈りあっていたようです。

チケットの確認、荷物検査を受けて進みます。

門をくぐるとヨーマンツアー(Yeoman Warder)のスタート場所がありました。

1時間ほど後でしたので、自分で回ることにしました。

ツアーは30分ごとに出発し約60分間(無料)
後から、ツアーの様子を見ましたが、かなり大勢でした。

Yeoman Warder

このQRコードからマップを読み取ることができます

ロンドン塔の効率的な巡り方

入り口は、南西のテムズ川の方にあります。

まずは、黄色の矢印のところを見ていきます。

一番混雑する①Crown Jewels(クラウンジュエル)

その後、②White Tower(ホワイトタワー)を巡ります。

あとは、水色の矢印のところを時間に合わせてみたらいいのかなと思いました。

⑥The Ravens (レイバン・カラス)
⑦Medieval Palace セントトーマスタワー
⑧Royal Beasts

⑩Imprisonment at the Tower ビーチャム・タワー

11.Bladdy Tower(ブラッディタワー)今回、行き忘れました

出口は、テムズ川方向になります。

城壁の中へ

入るとすぐに見えてくる

  • ベルタワー

何世紀にも渡りロンドン塔は牢獄として使われてきた。

1190年代にリチャード1世のためにベルタワーが建設された時、この辺りは河岸でした。

ただ、ここではゆっくりせずに、そそくさとクラウンジュエルへ向かいます。

門をくぐると、すぐにホワイトタワーが見てきました。

ですが、こちらは2番目に見ます。

ホワイトタワーの入口も、回って反対側になりますので、まずはクラウンジュエルへ。

ロンドン塔の名物レイバン(カラス)たちもいますが、あとでゆっくり戯れます(笑)

ヨーマン姿のガイドさんたちが準備中なのかな↓

ヨーマン・ウォーダーズ (The Yeomen Warders)はロンドン塔の衛兵隊

正式には、「女王陛下の宮殿にして要塞ロンドン塔の看守、および臨時ヨーマン警備隊の主権のボディガードのメンバー」と言われ、通称はビーフィーターズ。退役軍人の方で、王室宝物を守り、訪問者のガイドを担当している。

クラウンジュエルの建物が奥に見えてきました↓

ちょうど、この辺りに、インフォメーションがあって、気さくな年配のスタッフの方がみなさんに丁寧に説明されていました。

Crown Jewels クラウンジュエル

イギリスの君主の戴冠式に使用され、142の宝物で構成された豪華なコレクション。

こちらは、館内、写真もビデオも禁止です。

建物の前には衛兵さんが立っていて、交代時は行進をしていました。

ロンドン塔の1番の見どころと言っても過言ではない「クラウン・ジェル」。

王や女王の身につける金糸のマントや戴冠式などで実際に使われた職杖などの展示があります。

王冠の中でも世界最大のダイヤモンド「偉大なアフリカの星」(The Great Star of Africa)」があります。

中の写真は撮れませんでした。

最後にあったお土産売り場のコーギーちゃん

ちょうど、出口のところには、お手洗いは売店(まだ朝早くオープン前)もあり、Royal Beastsの建物がありましたが、後で見学します。(まずはホワイトタワーへ)

ロンドンってお手洗いが少なくて観光が大変とは言いますが、

観光地に入場すると、綺麗なお手洗いがちゃんとあります。

入場しないで観光しているときはお手洗い探しが大変でした。

2月だったので混雑はなかったですが、これだけレーンが設置してあるので、混雑する時はかなりすごそう

ホワイトタワー

ウィリアムは1066年にイングランドに侵攻し、直後からロンドン搭の建設に着手した。ロンドンの町を威嚇し支配することを目的としたロンドン塔は、1100年までに完成した。

この地点に王家の居住区が建設された後、1200年代になるとこの宮殿は軍需品の倉庫として使われるようになりました。

宮殿付属の大礼拝堂に貴重な書類が保管され、その下の部屋には火薬が貯蔵されました。

ブリテン島に侵攻したローマ軍は、西暦43年、この地にロンディニウムという町を建設した。

町はその後重要な居住地となり、西暦225年までには周囲に強固な城壁が建設された。

地面のラインはローマ時代の城壁の跡を示しています。

800年後、征服王ウィリアムはこの戦路上の要地を選び、ロンドン塔を建設しました。古代ローマの壁が岩の基礎として使われた。

この場所で1674年に2人の子供の骨が見つかり、行方不明となったエドワード4世の息子たちだと言われてきた。

エドワードが1483年に亡くなった後、2人の王子はロンドン塔に連れてこられた。上の王子は王位継承者であったが、叔父のリチャードは王子が非摘出子であると宣言し自らが、リチャード3世として戴冠した。王子たちの消息はその後不明となった

建物に入る前の階段からロンドンの名所「タワーブリッジ」が見えました。

87階建て310mの超高層ビル 「ザシャード」(The Shard)も見えました。

ライン・オブ・キングズ(歴代の王)

1689年、時別に委嘱制作された14体の実物大の馬と人物の木像がロンドン塔に届けられた。

ホワイトタワーの武器庫の武器甲青で飾られたこれらの像が一般公開され、有名な展示「ライン・オブ・キングズ(歴代の王)”」となった。

14代にわたるイングランド王の像を年代順に並べたこの展示は、王政復古から間もない当時の君主の権威を強調する目的があった。

実物大の馬の像も迫力

ヘンリー8世 男性器を隠すための、コッドピース(codpiece)と呼ばれる装飾品が、、誇張しすぎ(笑)

こんな子供の甲冑まで。。

ザ・チェンバー

この部屋は本来ホワイトタワーの最も重要な部屋の一つであった。

王がロンドン塔に滞在した時にはここを居室として使用し

それ以外の時は、ロンドン塔を管理していた王の役人によって使用されたと思われる。

安全で大広間の隣にあり、暖炉やトイレも設備されていた。

窓はもともと現在よりはるかに小さなものでした。

セント・ジョン礼拝堂(St John’s Chapel)

ロンドン塔の武器庫の宝物

1000年代、ロンドン塔における最も初期の武器庫は、城の建設現場を防御する兵士たちに武器と装備を支給した。

1200年代までには、ロンドン塔の武器庫はグレート・ワードローブの一部となっていた。王冠や衣類から、護衛や兵士のための武器・甲冑に至るまで、君主が必要とするあらゆる物を支度する部署だった。

後に軍霊局の管轄下となり、1855年まで英国の戦闘装備を保管し、世界的に支給した。

1650年代から現在まで、ロンドン塔の武器庫はまた、一般公開用の展示品を提供している

1613年、徳川幕府の2代将軍徳川秀忠からジェームズ1世 (6 世) へ贈られた日本の甲冑。

これは、イギリスと日本の史上初の貿易協定を記念する贈り物の一部でした。

この甲冑は元々、長篠の戦い (1575 年) で敗れた強力な大名、武田勝頼のものだったのではないかと考えられている。装飾の一部には武田家にゆかりのある家紋があしらわれている。

ドラゴンのオブジェ

お腹の中にはダイヤモンド??

ロンドン塔の模型

一番上の階には、ゲームコーナーもあって、大砲や銃を撃つようなロンドン塔にちなんだもので、子供たちも楽しんでいました。

結構階段が急だったりもします。

下まで階段で降りると、武器庫

なんかこの翼のついたライオン(獅子)の表情が気になる(笑)

獅子(ライオン)はイングランドの象徴,一角獣(ユニコーン)はスコットランドの象徴

ユニコーンは鎖で繋がれているのですね

こちらにもロンドン塔の模型が、こちらは色付きでわかりやすい、

お土産ショップ

イギリスのお土産って可愛いですよね。でも、意外といいお値段ですよ。

キングのテディベア

衛兵のテディベアーでしょうか

マグネットも、ロンドンのマップというだけで可愛い

タワーグリーン かつての処刑場

このオブジェはヘンリー八世の王妃アン・ブーリンが1536年処刑されたとされる場所にあります。

ヘンリー8世の第一王妃キャサリンの侍女として英国宮廷にデビューしたアンブーリンは、ヘンリーに見初められます。

ヘンリーは離婚を認めないローマ教皇と絶縁までしてアンと結婚しました。

後にヘンリー8世の第二王妃になり、エリザベス1世を産みますが、男の子を切望していたヘンリー。

愛はさめ、次の愛人を作ったヘンリー、アンが第二子の男児を流産したことから断頭台へ送り処刑した。

1861年にヴィクトリア女王がロンドン塔を訪れてアン・ブーリンの物語に銘を受け、記念板を置くように命じたことから、この場所に処刑された人々をしのぶ記念碑が置かれることになった。このオブジェは、2007年にライアン・キャトリングが制作した。

タワー・グリーンでは10名の囚人が処刑された。

斬首刑を受けた7名の中には、キャサリン・ハワード、アン・ブーリン、ジェイン・グレイなど、王妃や女王も入っている。

1743年には反逆兵3名が銃殺刑に処せられた。

従来ロンドン塔内で処刑されるのは特別な囚人に限られていた。それ以外の囚人の処刑はロンドン塔外のタワー・ヒルで、大群衆の嘲りや野次が飛び交う中で執行された。

身分の高い囚人たちは見世物的になっている公開処刑からは免れることができたのですね

タワー・グリーンの前には「クイーンズ・ハウス」があり、これは婚前ヘンリー八世が結婚するアンのために建てた家。

アンブーリンは国王暗殺の容疑や、姦通、近親相姦および魔術使用の罪により、斬首刑に処されましたが、ロンドン塔には、浮かばれないアン・ブーリンの霊が出るという噂があるそうです。

ビーチャム・タワー かつての牢獄


「ビーチャム・タワー」は牢獄として使われていました。

この部屋はかって中城でした。

1500年代チューダー朝の王や女王は敵を投獄することで権力を維持していた

タワーの壁や床には、投獄された囚人たちによる名前やメッセージ、彫刻がびっしりと書き込まれている。

The Fusilier Museum

クラウンジュエルの向かって右側にある建物

近年の戦争の歴史などの展示がありました

カフェ

The Fusilier Museumのお隣、ホワイトタワーの東側にありました

Royal Beasts かつては動物園?

クラウンジュエルの出口(入り口とは反対側の裏手になります)から出ると、城壁に上がる階段があります。

ヨーマン ウォーダーは 500 年以上にわたってロンドン塔を守ってきました。 1485 年に、ヘンリー7 世が王を守るエリートのボディガードであるヨーマン オブ ザ ガードを設立した。

彼の息子ヘンリー 8世はロンドン塔で働く数名のヨーマンを任命し、彼らには 1 日6ペンスの給料が支払われた。

ロンドン塔には、王立動物園(Royal Menagerie)もあったそうです。

中世の国王たちは、野生動物を贈り物として交換し合いました。

ヘンリー三世は、ノルウェー王からホッキョクグマを、フランス王からゾウを贈られました。

ホッキョクグマには網を付けて川で泳がせたといわれる。

ライオンなどの猛獣たちもいたようです。

当時の動物の気分になってか檻の中に入っている人がいました(笑)

ロンドン塔の北側の近代的なビル群も見えます

ブラッディタワー

身分の高い人を幽閉していた塔であるブラッディ・タワー

15世紀後半にエドワード4世の2人の息子(12歳のエドワード5世とその弟リチャード)が権力争いにより叔父のリチャードによってブラッディ・タワーに幽閉され、そのまま行方不明になった。

彼らの遺体は約150年後にホワイト・タワー近くで白骨化して発見されたそうです。

こちらのタワーには2人の幽霊が出るとか。。

この外側に見えるのが、トレイダーズゲート

トレイダーズゲート

川に面して建つトレイターズ・ゲートは、ロンドン塔内でも壮大かつ非常に恐れられた門です。

ジェイン・グレイなどチューダー時代の名高い囚人たちは、この門をくぐってロンドン塔に入った。

門は1600年代の初めからトレイターズ・ゲート(反逆者の門) と呼ばれるようになった。

囚人はここから川を遡り、ウェストミンスターで裁きを受け

た。

レイヴン(The Ravens)名物のカラス

ホワイトタワーのちょうど南側にあります。

レイヴン(The Ravens)

6羽の「塔の守護者」であるカラスは、「レイヴンマスター」に世話されている。

「ロンドン塔からカラスがいなくなると、ホワイトタワーが崩れ落ち、王国が滅びる」という伝説から、ここで飼育されているのです。

カラスは音を真似たり、駆け引きをしたり問題解決することができると書いてあったのですが、この檻の内外にいる2匹のカラス、外から何か中のカラスに渡そうとして、話していました。

カラスは片側だけ羽を少し切られているみたいで、飛ぶ時にバランスが悪くなり、ここから迷い出ることはないようです。

お土産ショップ

カラスの檻の隣に、お土産ショップもありました

こちらにもわずかですがコーギーちゃんグッズ発見

セントトーマスタワー

エドワード1世は1270年代後半に川からの壮麗な門と、お王族の豪奢な住居として建造した。

寝室などはテムズ川を一望できる2階にあった

出口

出口は、南側にありテムズ川に面しています。

出ると、タワーブリッジも見えます

まとめ:所要時間2時間

  • かなり急いで回ったつもりですが、2時間かかりました
  • もっとしっかり詳しく見ると、半日くらいはかかるかもしれません
  • 朝イチの訪問がおすすめです。10時を過ぎるとかなり観光客が増えていました
  • 日本円で言うと、単独チケットですと6000円ぐらいはします
  • ロンドンパスや、ロンドンエクスプローラーパスの利用がおすすめです
  • おどろおどろしい歴史も多く、侵略・権力の歴史なので興味がない人には、お勧めしません、外観だけで十分かな(笑)

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